桐朋学園高校音楽科を経て、同大学音楽学部に進む。1961年音楽コンクール第1位特賞及び安宅賞を受賞。
翌年第1回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール入賞。
1963年フルブライト給費留学生として渡米、ジュリアード音楽院でゴロニツキー教授に師事。1965年渡仏、1967年シフラ国際コンクール第1位金賞、1969年ロン・ティボー国際コンクール第4位入賞。帰国後は、小澤征爾=新日フィル、ロブロ・フォン・マタチッチ=N響をはじめとする多くのオーケストラとの共演、「桐五重奏団」のメンバーとして、またバイオリニスト久保陽子とのデュオコンサートなどで、国内はもとより海外公演も多数行い高い評価を得ている。
日本音楽コンクール運営委員や国際ピアノコンクール審査員を務めるなど教育分野でも活躍。現在、東京音楽大学教授。